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東京地方裁判所 昭和61年(特わ)3050号 判決

本店所在地

東京都中央区日本橋本町一丁目五番地

中央産商有限会社

(右代表者代表取締役 種子田益夫)

本籍

宮崎県小林市大字細野四二九番地

住居

東京都渋谷区広尾二丁目三番二六号

会社役員

種子田益夫

昭和一二年一月二一日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官井上經敏、同中島鈆三、同渡辺咲子出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人中央産商有限会社を罰金二億円に、被告人種子田益夫を懲役二年六月にそれぞれ処する。

訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人中央産商有限会社(以下「被告会社」という。)は、東京都中央区日本橋本町一丁目五番地(昭和六〇年二月一七日以前は、同都中央区日本橋一丁目一八番七号第三正明ビル一階)に本店を置き、食肉加工販売等を目的とする資本金三〇〇〇万円の有限会社であり、被告人種子田益夫(以下「被告人種子田」という。)は、被告会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括しているものであるが、被告人種子田は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、昭和五五年一二月一日から昭和五六年一一月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一八億七九八六万五二三六円あった(別紙1修正損益計算書参照)のにかかわらず、所得税法及び租税特別措置法の規定上は個人の行った同一銘柄二〇万株未満の株式の譲渡による所得が非課税とされていることに着目し、被告会社が旭硝子株式会社(以下「旭硝子」という。)に対し伊勢化学工業株式九三万三〇〇〇株を売買代金二〇億一八九万六五一〇円で売却した取引につき、その中間に被告人種子田外四名の個人を名目上介在させることによって、被告会社が同株式を被告人種子田外四名に対しそれぞれ二〇万株未満に分散して売買代金合計一億二五〇〇万一三五円で売却し、これを被告人種子田外四名が旭硝子に対して売却したように仮装するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和五七年二月一日、同都中央区日本橋堀留町二丁目六番九号所轄日本橋税務署において、同税務署長に対し、被告会社の所得金額が一二九二万一九二七円でこれに対する法人税額が三八九万五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(昭和六二年押第五四号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額七億八八〇〇万六九〇〇円と右申告税額との差額七億八四一一万六四〇〇円(別紙2脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

証拠の標目の記載方法は、次の例による。

1  甲、乙及びその番号は、検察官請求の証拠関係カード記載のそれによる。

2  作成日付については、例えば昭和六〇年四月一四日付のものは六〇・四・一四付のごとく記載し、昭和六一年中に作成されたものについては年度を省略し、例えば昭和六一年二月一三日付のものは、二・一三付と略記する。

3  検察官に対する供述調書は、検面調書と略記する。

判示全部の事実について

一  被告会社代表者兼被告人種子田の当公判廷における供述

一  第一回、第三回、第四回公判調書中の被告会社代表者兼被告人種子田の各供述部分

一  被告人種子田の一二・三付(乙三)、一二・六付(乙四)、一二・七付(乙五)、一二・一五付(乙六)、一二・一六付(乙七)、一二・一七付(二通-乙八、乙九)、一二・一八付(乙一〇)、一二・一九付(乙一一)、一二・二〇付(五通-乙一三ないし乙一七)、一二・二二付(六通-乙一八ないし乙二三)各検面調書

一  被告人種子田の大蔵事務官に対する六〇・四・一六付(乙三四)、六〇・四・一七付(乙三五)、六〇・五・一四付(乙三六)、六〇・九・一九付(乙三七)、六〇・一一・一付(乙三八)、六〇・一二・一〇付(乙三九)、一・二〇付(乙四〇)、二・一三付(乙一)、二・二二付(二通-乙四一、乙四二)、二・二七付(二通-乙四三、乙四四)、三・二付(二通-乙四五、乙四六)、三・七付(乙四七)、三・一三付(二通-乙二、乙四八)各質問てん末書

一  裁判所書記官作成の被告人(被疑者)種子田に対する勾留質問調書(乙四九)

一  証人喜田幸治の当公判廷における供述

一  第一一回、第一二回各公判調書中の証人喜田幸治の各供述部分

一  第六回公判調書中の証人圷光衛、同大和久昇の各供述部分

一  第七回公判調書中の証人有賀延興の供述部分

一  第八回公判調書中の証人上原鹿蔵の供述部分

一  第九回、第一〇回各公判調書中の証人三橋繁雄の各供述部分

一  喜田幸治の一二・一〇付(甲一九)、一二・一二付(二通-甲二〇、甲二一)、一二・一三付(四通-甲二二ないし甲二五)、一二・一五付(六通-甲二六ないし甲三一)、一二・一七付(四通-甲三二ないし甲三五)、一二・一九付(三通-甲三六ないし甲三八)各検面調書

一  大和久正己(一二・一一付-甲三九)、有賀延興〔六通(一二・一〇付-甲四〇、一二・一五付五通-甲四一ないし甲四五)〕、池田映一(一二・一九付-甲四六)、弘中徹(一二・一六付-甲四七)、坂部武夫(一二・六付二通-甲四八、甲四九)、友澤潤二郎〔二通(一二・八付-甲五〇、一二・一一付-甲五一)〕田澤潔(一二・一一付二通-甲五三、甲五四)、福元公成〔四通(一二・四付-甲五六、一二・一八付三通-甲五七ないし甲五九)〕、喜田武志(一二・一六付-甲六〇)、吉田得次(一二・五付二通-甲六一、甲六二)、佐野勝義〔三通(一二・一三付二通-甲六三・甲六四、一二・一八付-甲六五)〕、審良裕正(一二・一六付-甲六六)、湯原孝久(一二・一四付-甲六七)、濱口昌〔三通(一二・一二付-甲六八、一二・一六付-甲六九、一二・二三付-甲七〇)〕、三橋繁雄〔四通(一二・一七付-甲七一、一二・一九付-甲七二、一二・二〇付二通-甲七三、甲七四)〕、圷光衛〔四通(一二・一七付-甲七五、一二・二〇付三通-甲七六ないし甲七八)〕、市野恵司(一二・一八付-甲七九)、池田淳一(一二・一九付-甲八〇)、柿崎武二(一二・一八付-甲八一)、秋山陽一(一二・一九付-甲八二)、大和久昇(一二・一三付-甲八三)、高山郁雄〔三通(一二・四付-甲八四、一二・九付-甲八五、一二・一〇付-甲八六)〕、福島敏昭(一二・三付-甲八七)、久保田軍(一二・三付-甲八八)、鬼沢重雄(一二・一八付-甲八九)、中島幸雄(一二・五付-甲九〇)、種子田昭吾(一二・三付-甲九一)、古里盛雄〔二通(一二・二付-甲九二、一二・四付-甲九三)〕、落合教示〔一三通(一一・二九付-甲九四、一二・五付-甲九五、一二・八付-甲九六、一二・一六付四通-甲九七ないし甲一〇〇、一二・一八付二通-甲一〇一・甲一〇二、一二・二二付三通-甲一〇三ないし甲一〇五、一二・二四付-甲一〇六)〕、多田静夫(一二・五付-甲一〇七)、小山寛〔三通(一二・八付二通-甲一〇九・甲一一〇、一二・一二付-甲一一一)〕、下田富二郎〔四通(一二・一二付三通-甲一一二ないし甲一一四、一二・一八付-甲一一五)〕、酒井登代子(一二・二〇付-甲一二〇)の各検面調書

一  伊藤順一の大蔵事務官に対する一二・八付質問てん末書(甲一一六)

一  風間克貫外二名作成の昭和六〇年四月八日付東京地裁昭和六〇年(ワ)第二二五〇号精算義務履行請求事件第一準備書面(原告)の写(甲一三七)

一  同事件第九回準備手続調書の写(甲一三八)

一  同事件第三回及び第四回口頭弁論調書中、証人弘中徹に対する各尋問調書の写(甲一三九・甲一四〇)

一  同事件第八回、第九回、第一〇回口頭弁論調書中、原告喜田幸治本人尋問調書の各写(甲一四一ないし甲一四三)

一  検事野健彦作成の一二・八付捜査報告書(甲五二)

一  大蔵事務官作成の左記の各調査書

1 売上高調査書(甲一)

2 仕入高調査書(甲二)

3 原材料調査書(甲三)

4 租税公課調査書(甲四)

5 交通費調査書(甲五)

6 交際費調査書(甲六)

7 支払手数料調査書(甲七)

8 雑費調査書(甲八)

9 受取利息調査書(甲九)

10 受取手数料調査書(甲一〇)

11 有価証券売却益調査書(甲一一)

12 支払利息・割引料調査書(甲一二)

13 支店経費調査書(甲一三)

14 商品取引売買損調査書(甲一四)

15 賃貸料収入調査書(甲一五)

16 伊勢開発勘定調査書(甲一六)

17 負債整理資金使途調査書(甲一七)

18 株式譲渡代金使途調査書(甲一八)

一  大蔵事務官作成の六〇・一一・一一付領置てん末書(甲一二二)

一  検察事務官作成の一一・三〇付領置調書(甲一二五)

一  検察事務官作成の一二・一一付領置調書(甲一二八)

一  検察官作成の一二・二五付捜査報告書(甲一三一)

一  検察事務官作成の六二・七・二四付領置調書(甲一三三)

一  検察事務官作成の一二・二二付捜査報告書(甲一三五)

一  検察事務官作成の六二・一〇・二三付捜査報告書(甲一三六)

一  大蔵事務官作成の三・一四付差押てん末書(甲一四五)

一  検察事務官作成の六二・一・八付捜査報告書(乙二四)

一  押収してある56/11期法人税申告書(中央産商有限会社)一袋(昭和六二年押第五四号の1)、同株式譲渡契約書写四枚(同押号の2)、同株券受領証反古等一袋(同押号の3)、同株式譲渡契約書一袋(同押号の4)、同(株)カラブリアンから種子田益夫に宛てたReceiptの預り書一枚(同押号の5)、同元帳(55/11期)一綴(同押号の6)、同55/11期法人税申告書(中央産商有限会社)一袋(同押号の7)

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らは、本件公訴事実に掲げられた被告会社の秘匿所得一八億六六九四万三三〇九円のうち、(1)その中核をなす伊勢化学工業株式会社(以下「伊勢化学」という。)の株式九三万三〇〇〇株(以下「本件株式」という。)の旭硝子に対する売却主体は被告会社ではなく、被告人種子田個人が内八九万四〇〇株については伊勢化学及び伊勢開発株式会社の代表取締役であった喜田幸治(以下「喜田」という。)から預かり保管中のところ右喜田の承認を得たうえで残四万二六〇〇株は大和久正己から購入したうえでそれぞれ旭硝子に売却したものであり、従って本件株式売却益は被告会社に帰属するものではない、(2)被告会社が伊勢化学に一億円で譲渡したとされる多田静夫名義で福岡通商産業局に提出済の「石油可燃性天然ガス試堀権設定額」に関する権利(以下「本件試堀権」という。)はもともと被告人種子田個人に帰属するものであるから、本件試堀権の譲渡によって生じた八六〇〇万円の受取手数料は被告会社に帰属しない。(3)右(1)、(2)の所得を原資としたその運用益である合計七一三〇万六一八二円の受取利息も被告人種子田に帰属し、被告会社に帰属するものではないなどとして、本件公訴事実につき被告会社は無罪であると主張し、被告人種子田も第一三回公判以降、弁護人の右主張に沿って縷々弁解している。

しかしながら、関係証拠を総合すると、弁護人主張にかかる本件株式の売却益、受取手数料、受取利息はいずれも被告会社に帰属することが認められる。

以下、所論にかんがみ、説明を加えることとする。

一  本件株式の売却益の帰属主体について

1  関係証拠を総合すると次の事実が認められる。すなわち、

(1) 被告人種子田は、かねて不動産業等に従事していたころ、昭和五〇年ころ本籍地でドライブインの経営に乗り出し、さらにキャバレー経営者に対する融資を契機に丸益観光有限会社、宮崎丸益国際観光株式会社等の代表取締役となり、「丸益観光グループ」と称してキャバレー、パチンコ店等を経営していたが、昭和五二年ころ、高千穂相互銀行の不良貸付先の債務を肩代わりしたことが裏目となって右会社が倒産したため事業の本拠地を東京に移し、昭和五三年一二月一六日、被告会社を設立して自ら代表取締役に就任し、昭和五六年四月には丸益通商株式会社を、同年六月には株式会社丸益産業を設立し、また、昭和五〇年ころから病院経営に乗り出し、現在は医療法人常仁会、同愛和会など多くの医療法人の理事長や理事を勤めるなどしているところ、昭和五五年当時被告人種子田経営にかかる会社としては被告会社が基幹会社であった。

(2) 被告人種子田は、昭和五五年一月ころ、当時伊勢化学宮崎工場長をしていた福元公成の紹介により、同社の代表取締役喜田幸治と知り合い、以後同年五月ころまでの間、右喜田の要請を受けて、同人が代表取締役を兼ねる伊勢開発株式会社(以下「伊勢開発」という。)に対し、数回にわたり、被告人種子田個人あるいは被告会社などの名義で合計一億数千万円を貸し付けていた。一方、伊勢化学は、昭和二三年に喜田敬市らによって設立された沃素(ヨード)の製造、天然ガスの採取等の事業を営む会社であり、昭和三五年には旭硝子からの資本参加(約五〇パーセント)や役員の出向を受け入れ、本件当時においては、旭硝子が約五〇パーセント、喜田一族(実質的には喜田幸治)が約二五パーセント、喜田の後援者である江戸英雄らが約二五パーセントの各出資比率の会社であり、また、伊勢開発は、昭和五三年三月に伊勢化学や喜田らの出資により、当時円高不況に悩んでいた伊勢化学の整理社員を引き受けるための、いわば受皿会社として設立されたが、昭和五四年ころ、伊勢化学の業積好転等に伴いその存続意義を失ったことから、喜田が伊勢化学との資本関係を絶って独自に経営するようになったが業績は上がらず、昭和五五年に至ると納骨堂の建築工事等に失敗したほか金融手形乱発などにより多額の負債を抱えてその返済に苦慮し、被告人種子田に伊勢開発の手形・小切手帳や同社の社印等を預けるなどして被告人種子田らから右資金援助を受けていた。

(3) 被告人種子田は、昭和五五年五月中旬ころ、喜田からの度重なる資金融資の依頼に接して伊勢開発の経営状態に不信を抱き喜田らを追及し、同会社の負債額が約一〇億円にも上ることを知り、同月下旬ころには、同会社の存続は不可能であるとの感触をつかみ、その旨喜田に申し向けていた。一方、喜田は、昭和五四年一一月から同年一二月にかけて、数回にわたり江戸英雄から伊勢化学の株券四九万株を担保に合計八〇〇〇万円を借り入れていたところ、昭和五五年五月ころ、右江戸に対する借金を返済しようと考え、被告人種子田に対し、右江戸に担保提供している株を含め喜田の保有する伊勢化学の株八九万株余全部を提供するとか、伊勢化学の業績が良好なので被告人種子田らから援助を受けた分は返済できるとか、伊勢化学の宮崎工場は将来素晴らしい生産拠点になる、八九万株持てば全株式の四分の一を集めることになり、宮崎工場を伊勢化学から分割させられるのでそれを経営したらどうかなどと申し向けて江戸への返済資金を出してほしい旨申し入れたところ、被告人種子田は、同月下旬ころ、多数債権者から債務の返済を迫られる伊勢開発にはさしたる資産がなく、同社の代表者である喜田においても右伊勢化学の株式以外に資産価値のある財産のないことなどの点をも配慮し右株式を手元に確保しようと考え喜田の右申し入れを承諾し、被告会社を代表する被告人種子田との間で、同人が江戸に返済する右八〇〇〇万円に伊勢開発が同月末日までに必要とする手形決済資金一三〇〇万円を加えた合計九三〇〇万円をもって右八九万株の譲渡代金とする旨の合意をした。

(4) 被告人種子田は、同月末ころ、被告会社の代表取締役としてかねてから被告会社を当事者とする民事事件等の処理を委任し、喜田においても伊勢開発の手形乱発事件関係者の告訴を依頼するなどして知り合いとなった弁護士弘中徹に喜田保有にかかる伊勢化学株八九万株程を被告会社が買い入れるので、その譲渡契約書を作成してほしい旨依頼し、弘中弁護士は、同月三〇日ころ、被告会社の社長応接室において、被告人種子田及び喜田に対し、被告人種子田の前記依頼に沿って未完成ながら予め準備しておいた株式譲渡契約書の記載内容を説明し、その契約当事者、譲渡株式数、譲渡代金等契約の基本条項について被告人種子田及び喜田の意思を確認したうえ、その了承を得、契約日、譲渡株数を補充し、被告人種子田及び喜田はそれぞれ記名あるいは署名押印をし、株式目録部分に余白を残した右契約書を作成した。

(5) 右株式譲渡契約書には、「喜田幸治を甲とし、中央産商有限会社を乙として、次のとおり株式の譲渡契約を締結する。」として、第一条に「昭和55年5月30日現在甲の所有する伊勢化学工業株式会社の株式八拾九万株(別紙株式目録のとおり)を、甲は昭和55年5月30日に売買価額金9300万円にて譲渡し、乙はこれを譲り受けるものとする。」、第二条には「甲は、上記株式会社につき、乙の要求ありたるときは直ちに伊勢化学工業株式会社に対し、名義書換の手続きを了する。」との定めがあり、右株式の譲渡が被告人種子田あるいは被告会社などの喜田や伊勢開発に対する債権担保の目的でなされるものであることを窺わせる文言の記載はなく、当事者甲として喜田の住所氏名の記載及びその名下に同人の印が押捺され、同乙として被告会社の本店所在地、被告会社名、代表取締役種子田益夫の記名印及びその名下に同社の代表者印が押捺されており、更に、立会人として弘中弁護士の記名押印があり、右契約書は、同日付で公証人の確定日付を受けている。

(6) 被告人種子田は、同年六月上旬ころ、旧知の吉田得次から六〇〇〇万円を借入し、別途三三〇〇万円を調達して合計九三〇〇万円を喜田に支払い、そのころ喜田から伊勢化学の株八九万四〇〇株の引渡を受けたところ、被告会社においては、昭和五五年一一月期の決算にあたり、落合教示が被告人種子田の指示に基づき、同社が代表者から借り入れた三三〇〇万円と、別の借入金六〇〇〇万円をもって右株式を購入した旨の伝票処理と総勘定元帳への記載処理をしている。

(7) 喜田は、同年五月ころ、伊勢化学の元常務取締役であった大和久正己に対し、同人が所有する伊勢化学株四万二六〇〇株について処分する意向があるかどうか打診したところ、一株五〇〇円位で処分したいとの意向だったことから被告人種子田に右株の買取方を要請し、被告人種子田が大和久と交渉した末、同年六月ころ、大和久は被告人種子田側に右株式を代金二一三〇万円で譲り渡した。その際、契約書等は作成せず、大和久自身、右株の譲渡先が被告人種子田個人なのか被告会社なのかについては特に意識はしていなかった。一方、被告会社においては、同年一一月期の総勘定元帳の代表者勘定及び当座預金科目に右株購入資金を公表計上している。

(8) 被告人種子田は、昭和五五年九月ころから被告会社の代表取締役として旭硝子の代表取締役山下秀明と面会の機会を得たうえ、同山下の意を受けた同社専務取締役坂部武夫との間で伊勢化学の分割案、特に同社宮崎工場の割譲等につき交渉を重ねたが結局右坂部らに受け入れられなかったことから坂部に対し、右八九万四〇〇株を含む本件株式全部の買取方を求めるに至った。その際被告人種子田は前記株式譲渡契約書を坂部に示して被告会社が喜田から同人保有の株式を同契約書どおりに買い受け保有していること、他に伊勢化学の旧役員から同社株四万株余を買っており、合計九三万三〇〇〇株を持っているからこれを全部買って欲しいこと、その売却代金で喜田の負債を整理したいことなどを申し向けていた。

(9) 被告人種子田は、同年一二月中旬ころ、坂部から本件株式の売買交渉の際に求められていた株の処分に関する喜田の委任状(坂部の一二・六付検面調書-甲四八-添付資料〈2〉)を坂部のもとに持参した際、同人から右委任状に株の譲渡に関する記載がない旨指摘されると、「喜田との株式売買契約書によって伊勢化学の株は俺の会社のものになっているので、これを旭硝子に売るについては喜田の委任状は要らないのではないか」と申し向けた。一方、坂部は、電話での喜田の意図を確認したところ、全てを種子田に任せてあるので種子田との間で話を進めてもらってよいとのことであったことから喜田の後援者的立場にあった江戸英雄の了承を得て被告会社からの本件株式の買取交渉を進めた。

(10) 被告人種子田は、旭硝子側との本件株式売買交渉の中で、株の代金については一株一六〇〇円(合計約一五億円)とすること自体には了承したものの、併せて伊勢化学における喜田社長やその息子の処遇、宮崎県下の天然ガス鉱区の試堀権の譲渡、伊勢開発の負債整理資金の捻出等につき種々要求し、これらが受け入れられなければ本件株式の売買はキャンセルするなどと申し向けたことから、旭硝子側は、伊勢開発の負債整理資金を提供することについてはこれを拒絶し、本件株式の代金を約五億円上乗せし、右天然ガス鉱区の試堀権の買入、伊勢化学における喜田らの処遇につき被告人種子田の要求を受け入れることとし、昭和五六年三月一七日ころ、本件株式九三万三〇〇〇株を被告会社から代金総額二〇億一八九万六五一〇円(一株二一四五円相当)で購入することとした。

(11) 被告人種子田は、旭硝子への本件株式譲渡に関し、同被告人側の発案にかかるのか旭硝子側の発案にかかるのかはともかくとして、被告会社の多額の法人税が掛かるのを回避すべく、被告会社からいずれも被告人種子田を代表者とする昌和商事株式会社ら四社及び被告人種子田個人に本件株式を分散譲渡した上これを旭硝子に売却するとの形をとることとしたが、株の譲渡人として法人名を使うと株譲渡に関する非課税措置の適用がないことが判明したため、改めて、同年一月二七日付で被告会社と被告人種子田個人との間に一三万株、被告会社と種子田フチノ・種子田昭吾・古里盛雄及び落合教示との間に各一九万株並びに昌和商事と被告人種子田との間に四万三〇〇〇株がそれぞれ分散譲渡されたかのごとく仮装し、それぞれの譲渡契約書を作成し、合計六通の各契約書に同月二九日公証人役場で確定日付印を受けた上、同年二月四日、旭硝子との間で右被告人種子田ら五名の個人がそれぞれの株を譲渡するとの形式で本件株式を譲渡した。

(12) 被告会社の経理を担当する前記落合は、被告人種子田の指示により、昭和五六年二月二〇日所轄税務署長宛に提出した被告会社の昭和五五年一一月期の法人税確定申告書の「有価証券の内訳書」に喜田から伊勢化学株八九万株余を九三〇〇万円で購入した旨記載しており、被告会社の昭和五六年一一月期の法人税確定申告に際しても、被告会社が被告人種子田、種子田フチノら個人五名の虚構の相手方を立て、これに代金合計一億二五〇〇万一三五円で売却したとする本件株式九三万三〇〇〇株の株譲渡収入につき、喜田からの購入代金とした九三〇〇万円を譲渡原価とし、その差額分三二〇〇万一三五円を有価証券売却益として公表計上した。

(13) 被告人種子田は、旭硝子が被告会社に本件株式の譲渡代金〔一九億九二八八万八〇〇〇円(有価証券取引税九〇〇万八五一〇円控除後)〕として、同年二月四日一四億九二八〇万円、同年三月二〇日五億八万八〇〇〇円を農林中央金庫本店振出の自己宛小切手で受け取り、それぞれその日のうちにこれらを現金で引き出し、その殆どを武蔵野信用金庫、平和相互銀行、宮崎銀行の仮名預金口座、被告会社や丸益産業等被告人種子田が代表取締役をしている関係会社の預金口座に一旦入金し、その後三億一〇〇〇万円余が貸付金として、代表者勘定として二億四八〇〇万円余が、また、被告会社を含み被告人が代表取締役をしている関係会社の事業資金として九億三七〇〇万円余が使用されるなどしている。

(14) しかして、喜田は、昭和五六年三月ころ、坂部とともに江戸を訪ねた際、坂部から、喜田がかつて伊勢化学より仮払を受けて被告人種子田側に融通した合計五億円余の処理につき被告人種子田が分割して支払うことを約した旨聞かされ、同年四月ころには、被告人種子田自身から旭硝子への本件株式売却で儲けたので喜田も気の毒だから五億円分けてやる等といわれ、以後右五億円の支払につき被告人種子田と交渉するも解決を見なかったなどから、昭和六〇年三月四日、自らを原告とし、被告人種子田を被告として、金五億円の支払いなどを求める精算義務履行請求事件を東京地方裁判所に提起し、その中で伊勢化学の株式八九万四〇〇株は被告人種子田に預託したものであり、右株の売買代金とされている九三〇〇万円は、喜田の江戸に対する借金の返済資金八〇〇〇万円と伊勢開発や喜田が昭和五五年五月に処理しなければならない手形等の決算資金の合計額で、これは被告人種子田からの借入金であって、右株の譲渡代金ではないなどと主張している。これに対し、被告人種子田は、本件の弁護人である関根弁護士らを代理人として応訴し、右八九万四〇〇株は被告会社が喜田から代金九三〇〇万円で買い取った旨主張した。

(15) 被告人種子田は、昭和六〇年四月一六日東京国税局査察部によって開始された同被告人に対する所得税法違反容疑による調査において、当初、本件株式の売却益が同被告人に帰属する旨の供述をしていたが、同年九月一九日付大蔵事務官に対する質問てん末書(乙三七号)で、右売却益の帰属主体は被告会社である旨供述し、以後査察調査、検察官の取調段階を通じて本件株式は被告会社が喜田や大和久から買い入れ、これを旭硝子に売却したものである旨供述し、査察官らから、右売却益が被告人種子田個人に帰属するのではないかと問い詰められるも、被告会社と喜田との間の八九万株余の株式譲渡契約書の存在及びその真実性、被告会社の決算書への右株の公表計上処理、右株購入代金支払いに関する被告会社の帳簿処理の状況等を根拠に本件株式の売却益は被告会社に帰属する旨主張し、当審第一回公判期日においても本件公訴事実を認めた。

2  右に見るように、本件株式を被告会社が喜田から譲り受けたことについては、前期(4)、(5)記載の株式譲渡契約書(以下、「本件株式譲渡契約書」という。)が存在しているところ、右契約書の作成の手続については、弁護士が立ち会い、被告人種子田及び喜田の意思の確認を取ったうえ、当事者及び立会人の記名押印がなされ、公証人の確定日付を受けていることなど前記のとおり慎重な配慮が払われており、作成手続上の情況的な信用性が認められる。また、その記載内容についても、その文言の上で債権担保目的でなされたことを窺わせるものがないこと、本件株式譲渡契約書を根拠として被告人種子田及び喜田は本件株式が喜田の財産に帰属しないとして伊勢開発の破産手続を終了し、債権者の追及を免れたこと、喜田は、本件株式の旭硝子への譲渡に対しさしたる異議も留めておらず、また、伊勢開発の破産手続終了後も前記精算義務履行の民事訴訟を提起するまでは、負債整理資金と本件株式譲渡代金との精算処理を求めていないこと、被告人種子田は、旭硝子への本件株式の譲渡の交渉段階、喜田から提起された民事訴訟における応訴の段階、国税当局の査察調査の段階(前記認定の当初の時期を除く。)、検察官の取調段階の各時点を通じて、本件株式譲渡契約書を根拠として被告会社が本件株式を喜田及び大和久から買い受けて旭硝子に譲渡するものである旨ほぼ一貫して表明しており、本件第一三回公判以降に至るまで喜田に対し精算手続をとる姿勢は全く示さなかったこと、被告会社の経理面及び税務申告面のうえで、被告会社が本件株式を取得し、被告会社に本件株式売却益が帰属する旨の処理がなされていること、被告人種子田の本件第一三回公判以降における供述が後記のとおり信用できないこと等の事実によれば、本件株式譲渡契約書の記載内容どおりの事実を認めることができる。

そして、被告会社から被告人種子田ら五名への本件株式の譲渡を仮装した措置も究極のところ被告会社から旭硝子へ直接譲渡することによって生ずる被告会社の株式売却益に対する課税を免れる脱法的手段としてなされたもので、このことは、被告人種子田自身本件株式の売却益が被告会社に帰属するとの認識の上に立ってとった措置とみるのが自然である。また、本件株式を譲渡した後における喜田への五億円支払についての意向表明も、単に本件株式譲渡により多額の利益を得たからとか、被告人種子田が伊勢開発の負債整理資金の援助をしていく過程で被告会社における金融機関からの借入限度枠に余裕が無くなったとして被告会社の事業資金を得るため喜田から同人の伊勢化学における代表者勘定を使って捻出させて借り入れた金員の返済に絡んでなされたもので、喜田からの株式取得が売買ではなかったことを前提にしてなされたものでもない。

結局、本件株式譲渡契約書その他の関係証拠を総合考慮すれば、被告会社が本件株式を喜田から譲り受け、旭硝子に譲渡した主体であり、従って株式売却益の帰属主体であることを認めるに十分である。

3  弁護人らは、この点に関し、被告会社は喜田から伊勢化学の株式を買ったことはなく、右株は被告人種子田が喜田の江戸に対する八〇〇〇万円の負債返還資金等の貸付金のいわば担保として喜田から預託を受けたものであるとし、その根拠付けとして、〈1〉喜田との間で作成した株式譲渡契約書は、喜田や伊勢開発が債権者からの追及を免れるため、喜田及び被告人種子田とも必要に迫られてなした通謀虚偽表示に基づくものであり、右株の譲渡契約書自体真実の譲渡契約書とみるには記載文言や株式目録などが杜撰かつ不備である、〈2〉喜田との間の株式売買代金とされている九三〇〇万円という金額は低額に過ぎかかる金額での売買の合意が成立したとは考えられない、〈3〉本件株式の購入代金等に関する被告会社の帳簿・伝票の処理は後日被告会社の経理担当者が改ざん処理したもので実体を反映させたものではない、〈4〉本件株式の旭硝子に対する売却代金は、約一五億円であり、同社との交渉過程で上乗させられたという約五億円は、被告人種子田が喜田もしくは伊勢開発のために支出した融資金に対する旭硝子による第三者弁済であって株式売買代金ではない、〈5〉本件株式売却代金の使途に照らしても売却益の享受者は被告人種子田個人である等と詳細にわたって主張を展開している。

たしかに、関係証拠によると、被告人種子田は多額の負債を抱えてその返済に苦慮する伊勢開発の代表者喜田の要請を受けて資金融資をしてきたが、喜田保有株の譲渡契約書を作成したころの伊勢開発の負債総額が一〇億円にも上ることや同社の資産状態、債権者の取立状況等から被告人種子田や被告会社がそれまでに伊勢開発につぎこんだ資金や今後同社の負債整理のために支出する資金の返済を担保すべき喜田側の資産としては喜田の保有する伊勢化学株以外に財産的価値を有するものがなく、右株が債権者側の手中に渡ることを喜田のみならず被告人種子田も恐れたこと、喜田は、当時最も信頼を寄せていた被告人種子田に確保してもらう以外にかかる事態の発生を防止できる状況にはないと考え、また、これを種子田側に一旦渡してしまうと被告人種子田や被告会社から融資を受ける伊勢開発の負債整理資金を返済しなければ右株を取り戻すことは困難であるとも考えていたことが認められ、その意味では喜田は内心右株の譲渡が被告人種子田や被告会社に対する債務の担保的機能を持つものとの意識ないし期待を有していたことは否定できない。

しかしながら、本件株式譲渡の契約書作成に際して右譲渡が債権担保の目的でなされるものであることを喜田も被告人種子田も契約書にはもちろん、両者の間で明確に表示した形跡は窺われず、右契約の立会人に対してもこれが喜田と被告会社間での通常の売買である旨確認していることは前期のとおりであり、さらに、喜田は種子田側から受ける資金の返済は、伊勢化学を分割し、同会社宮崎工場等を喜田側が経営することによって生ずる利益をもって返済可能であり、被告人種子田側にその実質的経営権を渡すなどと被告人種子田に申し向け、被告人種子田もこれを了承していたことが認められ、従って、被告人種子田も喜田も右株式譲渡と被告人種子田や被告会社からの援助資金の返済とを一体として右株式譲渡契約書を作成したものではなかったことが窺えるのであり、これに本件株式を旭硝子に売却した後における前記被告人種子田や被告会社と喜田との間における五億円の支払交渉の状況や被告会社の株譲渡に関する経理状況に照らすと、喜田の右内心的意識の存在をもって直ちに喜田はその保有株式を売却したものではなく単に被告人種子田に預けただけであるとすることはできない。そして、喜田がその保有にかかる株を被告人種子田側に真実譲渡する意図が存在した以上、その株譲渡が伊勢開発の債権者の権利に影響を及ぼすことを喜田や被告人種子田が意識していたとしても、それは第三者から詐害行為として取消の対象とされることはあっても直ちに無効となるものではない。また、喜田が譲渡した株の中に喜田富美子や拓植ら喜田以外の名義の株が混在していたことは弁護人指摘のとおりであるが、喜田はこれらを含み自己が管理していた株全てを譲渡することを被告人種子田に約し、株券を交付し、その代金を受領して当事者間においてはその取引を完了させているのであって(被告人種子田が後日右株の名義人に金銭の支払いをしたとしても、それは旭硝子に対する本件株式の譲渡による利益の分配金あるいは喜田から右名義人の意向を聞かされるなどした被告人種子田ひいては被告会社の拓植らに対する贈与的支出であり、当該株式譲り受けの原価とはならない。)拓植らの名義の株の混在の故をもって、喜田保有株の譲渡性が否定されることにもならない。

次に、喜田保有株の譲渡代金の点についてであるが、この九三〇〇万円という金額が喜田の江戸に返済すべき八〇〇〇万円と伊勢開発が手形決済資金として当時必要とした一三〇〇万円の合計額であり、伊勢化学の当時の資産状態などから評価した時価でないこと、旭硝子に対する株譲渡代金に比して低額であることは弁護人指摘のとおりである。しかしながら、被告会社においては、その公表帳簿で右株は同社が買い入れたものである旨の処理をしていることは前記認定のとおりであり(被告会社における決算に右株の購入に関して期末修正をし、枝番を付した修正伝票を起票したことは被告会社が右株が被告会社に帰属するとの認識を有したことの現れであって、かかる処理がなされたことから直ちに右株の譲渡が虚構のものであることにはならない。)、これに右株は市場に公開されたいわゆる上場株ではなく、当時右株を担保に金策しようとしても伊勢開発及び喜田の負債状況からして額面(一株五〇円)で評価した銀行等からの融資を受けることは困難な状況にあることを喜田も被告人種子田も認識していたこと、しかも、喜田は倒産必至の伊勢開発の負債整理を依頼した被告人種子田に全幅の信頼を寄せ、将来伊勢化学を二分し、その一方の経営を被告人種子田に委ねる意図を表明して右株を譲渡したことを併せ考えると、右株の譲渡代金が九三〇〇万円であることもあながち不合理とはいえず、右代金額をもって喜田は右株を単に預けただけで譲渡したものではないとはいえない。

また、旭硝子に対する本件株式の譲渡代金決定に至る経緯は前記1の(8)ないし(10)で認定したとおりであり、関係証拠によると、旭硝子側は被告人種子田が伊勢開発の負債整理のため支出した金銭を喜田や伊勢開発に代わって旭硝子で支払って欲しいとの被告人種子田の要求は拒絶し、その代わり本件株式の譲渡代金を株の鑑定評価額の範囲内で当初決めた金額から値上げしたものであることが認められるのである。

さらに、本件株式の譲渡代金の使途の点についてであるが、関係証拠によると、被告人種子田は、丸益産業等多数の会社の経営権を一手に掌握し、金銭を運用するのにどの会社を利用するかについて自ら決定できる立場にあったことが窺われ、かかる立場にあった被告人種子田が前記1の(11)、(12)で認定したとおり、本件株式譲渡により被告会社に多額の税金が掛かるのを免れようと被告会社と旭硝子の中間に被告人種子田ら個人五名を介在させる措置まで講じていることにかんがみると、本件株式の譲渡代金のうち、帳簿上被告会社を通し、あるいは被告会社における代表者勘定を利用する形で使用した金額の占める割合が少ないことをもって本件株式の売却益が被告会社に帰属しないとは認められない。

以上によれば、喜田保有にかかる伊勢化学株は被告会社が買い受けたものではなく、被告人種子田が預かり保管中喜田の承諾をえて、また、大和久株は被告人種子田が個人で買い受け、これらを旭硝子に譲渡したものであるから本件株式の売却益は被告人種子田に帰属するとの弁護人の主張は採用できない。

二  受取手数料及び受取利息の帰属主体について

1  受取手数料について

関係証拠によると、本件試堀権は、被告会社の設立手続に参画し、途中一時期辞任したことはあるものの設立当初から被告会社の取締役である多田静夫名義をもって昭和五五年八月八日福岡通商産業局長宛に出願されたものであること、右多田はもちろん被告人種子田においても個人として本件試堀権を出願する格別の事情はなかったこと、伊勢化学による本件試堀権の買取は旭硝子に対する本件株式譲渡のいわば条件として被告人種子田から坂部に要請されたものであったこと、被告人種子田は、伊勢化学が昭和五六年三月に支払った本件試堀権の買取代金一億円につき、落合教示に指示して被告会社が多田から一〇〇〇万円で購入し、これをペーパーカンパニーである中物産有限会社に二四〇〇万円で譲渡したとし、差額一四〇〇万円を被告会社の昭和五六年一一月期の総勘定元帳に記載させて公表計上し、昭和五七年二月一日に所轄税務署長宛に提出した被告会社の昭和五六年一一月期の法人税確定申告書の損益計算書中の営業外収入の項にこれを記載していること、右一四〇〇万円の受取手数料という勘定科目への計上は被告会社の所得秘匿のための操作ではあるが、被告人種子田としては当初から本件試堀権が被告会社に帰属するとの認識を有していたことの各事実が認められ、これらの事実を総合すると、本件試堀権は被告会社に帰属するものと見るのが相当であり、従って、伊勢化学への本件試堀権譲渡代金一億円と被告会社が受取手数料として公表計上した一四〇〇万円との差額八六〇〇万円は、被告会社に帰属するものといわなければならない。

2  受取利息について

本件株式の売却益及び本件試堀権の譲渡に伴う受取手数料収入がいずれも被告会社に帰属するものであることは前記認定のとおりであり、関係証拠によると、三和薬品株式会社ら五社に対する貸付金及び被告会社以外の多数の名義を以てなされた定期預金等は、いずれも本件株式や本件試堀権の各譲渡収入を原資とするものであることが認められる。そうすると、右預金や貸付資金を被告人種子田が被告会社から利子を支払うなどして実質的に借り受けてこれを運用したと認むべき事情の存在しない本件にあっては、右受取利息は被告会社に帰属するものと言うべきであり、貸付名義や預金口座の名義が被告会社以外のものであることから直ちにそれが被告会社に帰属するものではないとは認められない。

三  弁護人の主張及び被告人種子田の供述の変遷について

記録及び関係証拠によると、本件は、昭和六〇年四月一六日東京国税局収税官吏により調査が開始され、告発を経て検察官が昭和六一年一二月二日被告人種子田を逮捕し、同月四日被告人種子田に対する裁判官の勾留質問がなされ、同年一二月二二日被告会社及び被告人種子田に対する法人税法違反被告事件として公訴提起されたこと、被告人種子田は、この間、大蔵事務官に対する昭和六〇年四月一六日付、同月一七日付、同年五月一四日付各質問てん末書中においては、旭硝子に対する本件株式の譲渡主体は被告人種子田個人であることを前提とした供述をしたが、同年九月一九日付質問てん末書において、右株式譲渡の主体は被告会社であることを認め、それ以降の捜査や査察官の調査、勾留質問時、第一回公判において本件犯行を自認し、第三・第四回公判においても本件株式の売却益等の帰属主体そのものについては争ってはいなかった。ところが、第一三回公判において、弁護人は前記のごとく本件株式の売却益等の帰属主体が被告会社ではなく被告人種子田個人である旨主張し、被告人種子田も従前の供述を変更して本件公訴事実を否認し、第一六回公判以降弁護人の前記主張に沿って縷々弁明している。

しかしながら、本件は一回の株式譲渡行為に係わるほ脱事案であり、その売却益及びその運用利益の帰属主体が被告会社か被告人種子田個人かは納税に関する基本的事項であり、被告人種子田が昭和六〇年九月一九日付質問てん末書以降の大蔵事務官の質問調査や検察官の取調に対して供述するところは、その点を意識し、多くの客観的資料を根拠にした詳細かつ具体的なものであり、しかも喜田から提起された前記民事訴訟に対する応訴・反論の態度等本件についての捜査以外の場面において示した被告人種子田の行動状況とも矛盾するところはなく信用するに充分である。被告人種子田及び弁護人は、被告人種子田が捜査段階や第一回公判で本件犯行を自認する供述をするについては、その各時点において、本件株式の売却益が被告人種子田に帰属することを主張すると喜田からの民事訴訟で敗訴する、被告人種子田に対する所得税を納付するための資金手当ができない、第一回公判後の保釈が認められないなどの事情があったからであり、また、第一三回公判以降本件を否認したのは喜田証人の公判供述、特に同人保有の株式は被告会社に譲渡したものではなく伊勢開発の債権者から右株式を守るため被告人種子田個人に預けただけだとの供述が真実であり、ここに至って弁護人から真実を述べるよう説得されたからであるなどとしている。

しかしながら、喜田との民事訴訟の訴状、原告側の準備書面中で主張している事項を検討してみると、本件株式の譲渡主体が被告会社であることを認めることが直ちに敗訴につながるとは思われず、また、本件株式の売却益が被告人種子田個人に帰属するか被告会社に帰属するかによって税額に差が生ずることは所論の指摘するとおりではあるが、所得帰属を判断すべき客観的資料について特段の変化の窺われない本件にあっては右所論指摘の事情から被告人種子田の捜査段階における自白が虚偽であると決めつけるわけにはいかない。

次に、喜田は、第一一回ないし第一五回公判において前記訴状・準備書面同様喜田保有株を被告会社に売却したことなく、右株は被告人種子田個人に預けただけであるなどと供述しているが、多額の負債を抱えた伊勢開発の代表者として当時被告人種子田以外に頼るべき者がないと考えていた喜田が内心そのような気持ちを抱いていたことは理解し得るものの、それが株式譲渡契約書作成時に表示された形跡のないことは前記認定のとおりであり、また、喜田は、前記民事訴訟の場においても右と同様の主張をしていて、本件公判にいたって初めてかかる主張を始めたわけではないのであって、喜田の当審証言を聞くに及んでそれが真実だと考えたという被告人種子田の弁解は不自然であり、直ちに信用するわけにはいかない。

結局、被告人種子田の第一三回公判以降における供述は、株式売却益の帰属主体が被告会社でなく被告人種子田個人であるというに帰するのであるが、元来、この見解は前述のとおり、被告人種子田自身が国税局による査察調査段階において極力否定し調査の方向を法人税ほ脱犯に転換させたところの見解であって、被告人種子田個人の所得税ほ脱犯につきもはや刑責追及の余地がなくなったと目される第一三回公判の時点に至って一転してこれを肯定するところを見ると、右供述は右時点における自己に最も有利な見解を前後の一貫性なしに主張する不合理な供述とみるのが自然である。その他所論にかんがみ、記録を逐一検討しても、被告人の弁解に信用性を認むべき事情は存在しない。

四  まとめ

以上によれば、本件株式の売却益、受取手数料、受取利息は被告会社に帰属することが認められ、これに反する被告人種子田の公判廷における弁解及びこれに沿う喜田の前記証言(第一一回及び第一二回公判については、右各公判調書中の供述部分)は措信できず、他に右認定を左右すべき事情は認められない。また、弁護人が前記主張のほか弁論要旨中で縷々論述するとこを逐一検討しても、被告人種子田及び被告会社の本件法人税法違反の故意の点を含め犯罪成立を否定すべき事情も存在しない。論旨は理由がない。

(確定裁判)

被告人種子田は、昭和六〇年六月二八日宮崎地方裁判所で売春防止法違反の罪により、懲役一年及び罰金二〇万円、三年間懲役刑の執行猶予に処せられ、右裁判は、昭和六一年一〇月七日確定した(昭和六一年二月二五日控訴棄却判決、同年一〇月一日上告棄却決定)もので、右の事実は検察事務官作成の前科調書、判決書謄本二通、決定書謄本一通によってこれを認める。

(法令の適用)

一  被告会社について

判示所為 法人税法一六四条一項、一五九条一・二項

訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

二  被告人種子田について

(1)  判示所為 法人税法一五九条一項

(2)  刑種の選択 所定刑中懲役刑を選択

(3)  併合罪の処理 刑法四五条後段、五〇条(まだ裁判を経ない判示法人税法違反の罪について更に処断する。)

(4)  訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(量刑の理由)

本件は、ハンバーグ製造販売(宮崎工場)や金融業を営業目的とする被告会社の業務全般を統括していた被告人種子田が、被告会社の業務に関し、喜田が代表取締役をしている伊勢化学の株式を被告会社が買い入れ、これを旭硝子に売却することによって得た一八億円を超える売却益を秘匿するなどして、被告会社の昭和五五年一一月期の法人税七億八四一一万円余をほ脱した事案であって、ほ脱額が非常に高額で、ほ脱率も九九・五パーセントと高率に及んでおり、このことのみをもってしても、本件は重大な事犯というべきである。

そして、被告人らの本件犯行の動機にはなんら酌むべき事情はないこと、その所得秘匿の手段・方法は、被告会社が本件株式を旭硝子に売却するにあたり、所得税法及び租税特別措置法の定める有価証券取引に関する非課税制度を悪用し、右売却の中間に被告人種子田やその家族ら五名の個人を介在させ、右五名個人による譲渡であるかのごとき仮装分散策を弄するなど、大胆かつ功妙であること、被告人種子田は、検察官による取調開始前夜には知人に頼んで「中央産商有限会社に対する法人税法違反についての真実について」と題する書面を作成させ、これを被告会社の従業員に隠匿させるなど罪証湮滅工作を行ったこと、改悛の情も希薄であること、その他被告人種子田の前科等の情状を併せ考えると犯情は悪質で、被告会社及び被告人種子田の刑責は重いといわなければならない。

もっとも、被告会社及び被告人種子田は、本件株式を取得するについては、喜田の求めに応じて多額の資金融資をするなど伊勢開発の負債整理に協力してきたこと、昭和六一年三月一三日国税当局の調査結果に基づき本件人税法違反につき修正申告を行い、その本税、附帯税、地方税を納付していること、被告人種子田は、喜田に対して合計一〇億円の解決金を支払うことで同人との民事訴訟を和解により終結させたこと、被告人種子田の医療関係事業における今日までの活動状況、被告人種子田が服役すると右医療事業をはじめ多数の事業に深刻な影響を及ぼすことになることなど、被告会社及び被告人種子田のために有利な、又は、同情すべき事情も認められる。

以上のような、被告会社及び被告人種子田にとって、それぞれ有利な、あるいは不利な諸事情を総合すると、被告会社に対しては主文掲記の罰金刑を、被告人種子田に対しては、同掲記の懲役刑を科するのが相当であり、被告人種子田の刑責の重大性にかんがみると、被告人種子田のために酌むべき諸事情は刑期の点で考慮するのが相当であると判断して、主文掲記の各刑を量定した次第である。

(求刑 被告会社につき罰金二億五〇〇〇万円、被告人種子田につき懲役三年六月)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲田輝明 裁判官 中野久利 裁判官 中村俊夫)

別紙1 修正損益計算書

別紙2 脱税額計算書

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